ちひろの沈まぬ太陽&山崎豊子

第3回 恩地元の強い意志

第2回のあらすじでも書きましたが、恩地元は経営陣と対立したことで、10年間、海外の特別地域を勤務しました。
気持ちが折れて会社をやめることも、今後一切労働組合とは関わらないと宣言し日本へ帰してもらうこともできたと思います。 けれど、恩地はその姿勢を変えることなく、淡々と生き続けるのです。

本の中で恩地の意志を感じるたび、私は「生きていく」ことを考えました。
何が起きるかわからない毎日で、良いことばかりではなくつらい日々もあるけれど、ただひたすら生きていくことも大切であると感じました。

たちはばかる壁

最初の赴任地、カラチの赴任期間2年が終わろうとしたとき、労務部次長の八馬が人事部課長を同行してカラチにやってきます。
内規からすると、恩地は2年の勤務を終え日本に帰ることになると思っていました。
夕食会が開かれた際、恩地が後任の人事の話をすると、

「(略)それより君自身の考えだよ、幼い子供さんを抱え、奥さんも並たいていの苦労ではない、カラチに来たのをきっかけに、そろそろ組合から足を洗っていい頃だろう、組合でも、もう君の時代は過ぎたよ、この辺で、一礼、詫びを入れれば、本社へ帰ったとき、働き甲斐のあるポストが考えられるんだがねぇ」
(新潮文庫「沈まぬ太陽(一)」P379~P380)

八馬は管理職と引き替えに組合と手をきれと言います。それを頑なに恩地は断りました。
それからすぐに恩地のテヘラン支店開設委員の内示が出ます。恩地は内規違反であると支店長に抗議しますが、支店長は「君の人事は特殊だから、一支店長が、口を挟むケースではないのでねぇ」と本社へ取り合ってもらうこともできませんでした。

恩地は「日本へ帰れる」という希望が見えるたび、大きな壁がたちはばかり落胆を繰り返すのです。


さしのべられる手

恩地の身を心配し、手をさしのべる人もいます。
ナイロビ赴任の際、欧州・中近東・アフリカ地区総支配人の南が恩地に本社へ戻ることを考えてはどうかと切り出します。
しかし、恩地は今の会社が私を受け入れることはないと言いきります。

「だから、僕が自然な形で帰れるように考える、ナイロビ営業所長の君が本社へ戻るからには、一応管理職だ、その齢と学歴でヒラなのは、君だけだからね、(中略)辛いこともあるだろうが、そこは五年先、十年先のことを考え、我慢をして貰わねばならない」
(新潮文庫「沈まぬ太陽(一)」P59)

南の申し出に、恩地は組合の仲間に疑心を抱かせることはできないと首を横に振ります。
私の担当する部門ではどうかと南は話を続けますが、

「(略)とどのつまり、総支配人にご迷惑をおかけすることは、目に見えております、そして会社は、私が節を曲げ、踏絵を踏まない限り、そういう人事は発令しないはずです」
(新潮文庫「沈まぬ太陽(一)」P60)

何度も希望抱き、そして落胆してきた恩地は南の申し出を素直に受け取れないほど追いつめられていました。


自分の意志を信じ、その道を進むこと

恩地が10年もの間見えない行く末に苦しんでいる中、さらに恩地を苦しめることがありました。
日本に残した母の死、日本へ帰る妻と子供たちとの別れ、日本にいる組合員たちの差別人事。
組合でともに戦った同期入社の行天はその後組合と手をきり、サンフランシスコ支店勤務、秘書部とエリートコースを歩んでいくことにも恩地はじっと耐え続けました。

耐えることで何かが変わることが約束されているわけではありません。
私は良い変化を迎えない結果もあり得る中で、ただ自分の意志を信じて進むことが「強さ」であること、そういった意志が必要であるときもあることを恩地から学びました。


「沈まぬ太陽」(文庫全5巻)

映画「沈まぬ太陽」公式サイト

次回は『パリからの日帰りプチ旅行(秋冬編)』です。(10/30更新予定!)

(2009.10.23 ちひろ)

第2回 沈まぬ太陽の魅力

編集後記

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